スクリャービン ピアノ ソナタ。 ピアノソナタ第9番 (スクリャービン)

ピアノソナタ第2番 (スクリャービン)

スクリャービン ピアノ ソナタ

「解釈は様々」と一言で片付けてしまえば、まあその通りなのだが、シュレゼールは「このソナタは、全てのソナタの、心理的・精神的な構造を我々に明らかにする。 と思うほどの静けさで、しばらく弱音が続いた後、また、鐘が鳴り始め、葬列のような歩みのフレーズが出てくる。 そんなリストの作品にも少し触れ、ロシアの作曲家達とのつながりを限られたプログラムの中で最大限に表現したい。 モスクワ音楽院(88年入学)ではピアノをサフォーノフ、理論や作曲をタネーエフやアレンスキーに学び、卒業(92年)と同時にコンサート・ピアニストとしての活動を開始。 何故って、いたってシンプルなのですから。 この曲の構造美から、スクリャービン自身は古城を想像し「ゴシック」という名で呼んでいたという。 最後の管弦楽曲《プロメテウス》(1909~10)は、後期(opp. 穏やかに丸く収めましょうって感じを受ける。

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スクリャービン:ピアノ・ソナタ全集

スクリャービン ピアノ ソナタ

モスクワ音楽院小ホールでの演奏が評価され、ロシア国営テレビ局の取材を受けてロシア国内で放送される。 ピティナピアノ指導者会員。 こりゃ。 の「ライトモチーフ」への呼応がみられる。 その点、20世紀になっても、伝統的なロマンチシズムを濃厚に湛えた作風で、「遅れてきたロマン派」と言われたラフマニノフとは、対照的です。 12年 スクリャービン国際ピアノコンクール(パリ)第1位。 これらの音形を中心に楽曲が展開してゆくが、再現部は文字通りの「再現」からは離れて、主題を取り巻く音形は姿を変える。

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ピアノ・ソナタ第10番、炎に向かって、練習曲集、前奏曲集 ムストネン : スクリャービン(1872

スクリャービン ピアノ ソナタ

作品はほかに,10曲のピアノ・ソナタ,『法悦の詩』などがある。 98年ウラジミール・クライネフ国際コンクールに優勝し本格的な演奏活動を展開。 A主題にかける時間は、なんと15秒。 そんな中でも、過去の演奏を「批評」しながら演奏する勇気ある人たちがいる。 全く別のタイトルを付けるというのも珍しい話だ。

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ピアノ・ソナタ 第7番「白ミサ」 Op.64/Sonata for Piano No.7 'Messe blanche' Op.64

スクリャービン ピアノ ソナタ

チャイコフスキー記念ロシア国立モスクワ音楽院研究科を最優秀で修了。 第2主題(「天上的な悦びをもって」29-33小節目)は、作曲者によると「感覚的なものや叙情性の皆無」「純粋な神秘」で、間もなく第2主題の様々な変形(「暗雲」や「飛翔」を象徴する)に覆われてゆく。 例えば第1楽章は、著しくバランスのとれたで作曲されている。 スクリャービン記念博物館(スクリャービンの家)にてソロリサイタルを行い、好評を博す。 2019年5月26日閲覧。 良い意味で、中庸的で安定している。 ロシアに戻り 1910年セルゲイ・とボルガ地方を演奏旅行し,1911年『』を初演。

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ピアノ・ソナタ 第7番「白ミサ」 Op.64/Sonata for Piano No.7 'Messe blanche' Op.64

スクリャービン ピアノ ソナタ

スクリャービンのピアノソナタ第5番(1907年)をいろんなピアニストで聴き比べ、その違いについてメモして気を紛らわすことにする。 英語では Alexander Scriabin, ドイツ語では Alexander Skrjabin となる。 】 スクリャービンのピアノソナタと言うと,オグドンやアムランのように捏ねくり回したものが多い中で,彼女の演奏は清楚かつ素直で,何度聞き直しても飽きが来ない演奏である。 不変の特性、すなわち「心髄の様相」なのである。 この演奏が収められたCDは、アメリカのProPianoレーベルで録音され、確か1992年に日本で発売された。 だが興味深いのは、作曲当初「ゴチック」と呼んでいたこの曲に、後になって別の副題を付けているという点だ。 陸軍幼年学校に通いながら、83年にゲオルギイ・コニュスにピアノを師事。

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ピアノ・ソナタ第10番、炎に向かって、練習曲集、前奏曲集 ムストネン : スクリャービン(1872

スクリャービン ピアノ ソナタ

3楽章 「それ そど らふぁ しら れど・・・」 ゴツンゴツンと左手が、ブツブツと文句を吐き出してくる。 だが、スクリャービン自身が、愛人との交際を通して、ゴシック建築の古城からいかにもロマン派らしい精神の音楽へと捉え直すことが可能だったように、我々にもいかようにも解釈し、聴いて楽しむことができる、その深さこそこのソナタの魅力だろう。 可愛く、音がクリアーに響くところが出てくるが、でも、モゴモゴ言っているようだ。 第2楽章は「」と指定されているように、非常に急速で劇的であり、一種のと見ることができる。 在学中にパリ国立高等音楽院ピアノ科に合格、ピアノ科・室内楽科の両方でピルミ エ・ プリを受賞して卒業し、フランス高等音楽家資格を取得。 スクリャービンは完成した作品を, 廃墟と化した古城の印象を呼び覚まして「」と呼んだという。 第3番の次の第4番のソナタが作曲されたのが1903年、この年はヨーロッパへ移転する直前であり、翌年ロシアを脱出するとスイス、フランス、ベルギー、イタリア、そしてアメリカを経てモスクワへ戻る。

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小山実稚恵/スクリャービン:ピアノ・ソナタ全集

スクリャービン ピアノ ソナタ

音鳴ってるかしらん。 07年エリザベート王妃国際音楽コンクールで4位。 原典版は、古典、バロックには効果を充分に発揮する楽譜ですが、ロシアものには、そこまでこだわらなくて全然困らないと思います。 彼が幼いころに亡くなった母親がピアニストを目指していたこともあって、アレクサンドル少年は幼いころから楽才を発揮し、また一方で虚弱な体質であったので、当時のロシア社会は対外的には戦争を繰り返し、国内では帝政に対する不満が高まりつつある・・というきな臭い状況ではありましたが、軍隊などに進むことなく、十代の前半で、名門モスクワ音楽院に入学が許可されました。 第1楽章の「ドランマーティコ」の発想記号は、言葉の古典的な意味での「ドラマ」と取り違えてはならない。

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